Exhibition 展覧会情報
大上純「百色眼鏡」

大上 純「 百色眼鏡 」
2014年4月29日(火)〜5月10日(土)
13:00〜19:00 日・月曜 休み


作家ステートメント

万華鏡を覗く。筒をくるくると回す。筒には着物の柄のような赤い布が張り付けてある、地方の土産物屋で売っているような安い万華鏡だ。中に入っているビーズが次々と形を変えていく。小さなビーズが何倍にも増殖し、視界を埋め尽くしていく。
万華鏡は同じ模様は二度と現れることは無いというが本当だろうか。1秒で筒を一回転させるとして、1分で60回転、1時間で3600回転、1日で86400回転、1年で31449600回転。これだけ回しても同じ模様は出てこないのだろうか。そう思うと一瞬一瞬をちゃんと見た方がいいような気もするが、逆に見なくてもいいような気もする。回す手はなかなか止まらない。
筒を回し続けていると、視界の端の方、見えているのかいないのか分からない辺りが、他の模様とは違う動きをしているように思える瞬間がある。端に視線を移すと他と同じ動きをしているのだが、中心に視線を戻すと隅の方で何かがうごめくのだ。鏡の反射だからそんな事はありえないと分かってはいるが、どうもそう思えてしかたないのである。
昔から鏡には魔力があると言われている。「白雪姫」の継母は魔法の鏡に「世界で一番美しいのは誰?」と問い掛けるし、「ソフィーの世界」のソフィーは少佐の小屋で覗いた鏡に写った自分が両目をつぶるのを見るし、「鏡地獄」の彼は自分で作った球体の鏡の中心に入り発狂してしまうのだ。そう考えると、他のビーズと違う動きを写すなんて鏡にとっては簡単な事なのではないかと思えてくるのだ。
そういえばカメラも、魂を吸い取られると言う人もいる。自分と同じ姿が、紙に焼き付けられるからだろうか。もしも紙の中の自分が、自分と違うものに見えてきたら。それは吸い取られた魂が写真の中に埋め込まれてしまうからだろう。そうしてやっと自分という不安定で不確定な存在を、写真を通して見ることが出来るのである。直に見るものなど、例え自分であろうと信用出来ないのだ。
万華鏡の中の世界、写真の中の世界が、信じるべき世界である。そして人間の世界など超えて、そんな世界へ導いてくれるのではないだろうか。そんな期待を込めて万華鏡を回し続ける。やはりまだ手は止まらない。
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