Exhibition 展覧会情報
Room #205
大野静香「Money you can spend it all」
金村修ワークショップ企画展
2026年06月30日 〜2026年07月18日
13:00〜19:00(日曜・月曜休み)
Overview
2025年の金村修ワークショップに参加した受講生の中から「ぜひこの人の個展を見たい」と講師が認めた方の展覧会です。*金村修ワークショップは、金村修、小松浩子、タカザワケンジが講師を務める写真と表現のワークショップです。
http://kanemura-osamu.com/workshop/
Statement
財布の中の現金、クレジットカード、スマホのQRコード…「給料日は?」「家賃は?」「光熱費は?」
私たちはそんな事を考えない。考えることができない。
できないから、なんとかなる。
だから「ぜんぶ使っていいお金」。
お金が世界の中心。お金に振り回されて私たちは生きている。
大野静香
Essays
「日常」の裂け目から見えるのは……タカザワケンジ(写真評論家)
およそ「作品」と名のつくものは、私的な領域を持っている。作者がいるからこそ「作品」になるのであって、「作品」が存在するかぎり、そこには必ず作者がいる。
しかし、「作品」は作者とイコールではない。作者と「作品」を結びつけて語れば整合性のある物語が完成するが、両者の関係はそれほど単純なものではない。むしろ作者と「作品」の間に距離、あるいは隙間があることこそが肝要で、鑑賞者はその隙間に意識を滑り込ませる。そして、他者である作者の意識に入り込み、自身の物語を紡ぎ始める。
大野静香の『Money you can spend it all』は一見、私的な日記に見える。実際に彼女は『地獄日記』というテキストのみのZINEを制作しており、写真には作者の日常が写し出されている。
そこにあるのは、この一年ほどの間に東京に生きる一人の女性が見たもの、経験した場所、そして人間関係だ。まさしく私的な写真なのだが、その私性にはいくつもの裂け目がある。写真そのものの物理的な破れはその象徴だが、それだけではない。撮影され、可視化されたものはほんの一部であり、その背後には見えないものが多くあることを想像させるのだ。
とりわけ今回の展示の主題となっている「お金」こそはその最たるものだろう。誰にとっても最重要の、生きるために不可欠なものでありながら、「見せる」ことが難しい。札やコインを写しても「お金」は写らないし、電子化され画面には数字が並んでいるだけだ。しかし「日常」というふんわりした言葉にまとわりつく平和なイメージとは裏腹に、現実の日常において、私たちは常にお金に振り回され続けている。
大野もまたその一人であり、資本主義のルールに則った競争にさらされ、苦境に陥っている。自己責任という言葉をちらつかせた、この「フェア」な世界において。
大野の作品はこうした現実、すなわち見えざる日常の背景にあるものに対する暴露であり、抵抗である。写真を破り、言葉を書き加えることで、彼女は見えないものに迫る。撮り、書く(描く)ことを続けることで、彼女の日常は変異し、増殖していく。どこで? あなたの心の中で、である。
写真にはシャッターを切った主体が存在し、鑑賞者はその主体が何を考えているのかを自動的に想像する。その想像は通常、見る側の人生経験や常識の範囲内に留まるものだ。だが、大野の写真に用意された幾多の裂け目は、私たちの経験や常識に切れ目を入れる。その傷は痛みをともないながらも、どこか解放感をもたらしてくれる。そこに、この作品を「体験」する価値がある。