The White Report 月刊 ウェブ・マガジン
The White Report 2014年 4月号  毎月20日更新

–目次–
写真作家の写真史 金村修 × タカザワケンジ   ・・・・・・・・・ タカザワ ケンジ
百葉箱 Screen #01   ・・・・・・・・・ 小松 浩子
超訳球根栽培法   ・・・・・・・・・ 金村 修
There is a method in our madness.
〜我々の狂気には筋が通っている〜
  ・・・・・・・・・ 澤田 育久
写真作家の写真史 金村修 × タカザワケンジ
タカザワ ケンジ (評論家)
◎はじめに
 2012年に青山ブックセンター本店内の青山ブックスクールで写真史についての講座を持った。
 <金村修写真ゼミ「写真史は眼と脳を刺激する!」>というタイトルで、写真家の金村修、小松浩子の両氏と私が登壇してレクチャーするというものだった。
 一般に写真史は発明から現代までを年代記として語っていくものだと思うが、このときは「写真作家」を歴史のなかに位置づけることによって、歴史への入口とした。そのため、講義ごとに三人以上の写真作家を取り上げた。
 レクチャーでは金村氏と私との対話で進められ、小松氏にはレクチャーの際に作品を見せてもらったり、質疑応答に参加していただいくなど、文字にならない部分で協力していただいた。
 この連載では、このときのレクチャーの内容から抜粋して紹介していく。
 この講座については開設時から「単行本に」というリクエストをいただき、私自身もそう思って少しずつまとめては来たのだが、日々の仕事に追われてしまい、なかなか進展しなかった。そこで、この連載を機に、締め切りを設けることで進行させようという目論見もある。
 写真作家という言葉は耳慣れないかもしれないが、写真による作品を制作している作家のことだ。例外はあるものの、作家自身の自発的な欲求から写真作品を作った人物を指す。金村修、小松浩子の両氏もそれぞれその一人である。
 というわけで、一回目はアメリカの写真作家、映画作家のロバート・フランクを取り上げる。以下、お楽しみください。(タカザワケンジ)
第一回:「写真史のコースを変えた」ロバート・フランク
◎曖昧な写真集『アメリカ人』
タカザワ  ロバート・フランク(Robert Frank、一九二四〜)といえば『アメリカ人(The Americans)』(仏版一九五八年、米版一九五九年)という写真があまりにも有名です。しかし、その一冊を出した後、写真から遠ざかって、インディペンデントの映画作家として映画を作ります。二〇〇〇年代に入って、過去に撮った写真を再編集した写真集を次々に刊行し始めます。
たとえば、『ストーリーラインズ(Storylines)』(二〇〇四年)はそのなかの一冊。自伝的な写真集。いまの視点で、過去の写真を再構築しています。自伝的な写真集というと、こういうできごとがあって、こういう人と出会って、と時系列で見たもの、出会った人やものを紹介していく写真集を思い浮かべると思うんですが、ロバート・フランクの『ストーリーラインズ』はそういうものではまったくないんですよね。
金 村 フランクの真似をする人って「私は……」みたいなベタっとした写真が多いんですけど、フランク自身は違いますよね。さすがビート・ジェネレーション。それも最後の生き残り。
タカザワ 友人、知人など個人的なつながりのある人を撮って、その写真の上に名前を入れたりしている。いわばアルバム。なのに、それが閉じていない。まったく彼らを知らない私たちも興味を持って見ることができる。なんでだろう。
金 村 ラルティーグ(一八九四〜一九八六)もそうだけど、個人的な写真に見えないんですよ。僕はロバート・フランクのことは十代の頃から知っていて。写真は見たことなかったんだけど、実験映画で知っていた。実験映画で有名だったから。映画監督にも影響を与えていて、『アメリカ人』のなかには、ジム・ジャームッシュの映画『ストレンジャー・ザン・パラダイス』(一九八四年)にそっくりなカットがありますよ。
タカザワ ジャームッシュ映画のゆるさ、インディペンデントな雰囲気って、たしかにフランクに通じますね。
で、フランクっぽさ、らしさって何ですかね。スタイルがあるようでいてないような気がするんですが。
金 村 そうなんですよ。距離感もまちまち。すごく引いたり、寄ったり。スタイルがないってことがいいのかもしれない。スタイルがあると、スタイルしか見なくなるから。
あと、フランクは写真をトリミングするでしょう。『アメリカ人』も版によってトリミングが違うカットがあるし。なぜトリミングするかというと、見やすくするためにトリミングしているわけではないんですよね。気分だけでやっているように見えて、そこがいいんですよね。小説家が全集に入れるときに書き直したりすることがあるけど、それはよくしようとして直すわけですよね。フランクの場合は、ちょっと違うんですよね。
タカザワ なぜなんでしょうね。そのときの気分……写真の順番も少し違っていたりするけれど、そこに「改良」したようにはあまり感じられない。
金 村 意味があるのかっていうと、そんなにないですよね。
タカザワ フランクは最近、『アメリカ人』のコンタクトシートを拡大印刷して桐の箱に入れてセットにしたものを出版しているんですけど(ロバート・フランク写真集『The Americans, 81 Contact Sheets』 邑元舎、二〇〇九年)、その前年のワシントンのナショナル・ギャラリーの展覧会でもコンタクトシートを出していて、コンタクトを公開するってことは、どのカットを見てもらってもいいっていうことですよね。
金 村 あれ、どのカットもいいんですよね。ウィノグランドと真逆。ウィノグランドのコンタクトシートを見ると、何カットも何カットも同じところでしつこく撮って、いいのを選んでる。フランクは同じところではあんまり撮らずに、どれも選んでいいくらい良い。
タカザワ ワシントンのナショナル・ギャラリーの展覧会は「Looking in: Robert Frank's The Americans」というタイトルで、『アメリカ人』という一冊の写真集についての展覧会。『アメリカ人』刊行五十周年を記念して開かれたもので、展覧会を見ていないんですが、図録を見ると、コンタクトシートや、版によって写真の並びやトリミングがどう変わったかが一覧になっている。写真集一冊についてあそこまで突っ込んで研究した展覧会っておそらく過去に例がないと思います。そこまで研究欲をそそる写真集。
金 村 ロバート・フランクの、このある意味で感傷的な写真が、なぜ、その後、とくに一九七〇年代以降の写真家たちにウケたのかっていうね。
タカザワ 「Looking in: Robert Frank's The Americans」の図録は、「二十世紀のもっとも偉大な写真家」「二十世紀の写真のコースを変えた」とまで言い切っているんですよね。『アメリカ人』が変えたものは何なのか。一つは『アメリカ人』は曖昧さだと思います。
 たとえば、黒人のメイドさんが白人の赤ちゃんをだっこしている写真がありますよね。一枚の写真でアメリカ社会を批評的に表現しているという点では実に明快。しかし、その一方で、アメリカ社会を批判的に見ているわけでもないんですよね。こういう光景があった、こういう瞬間もあったという写真が積み重ねられてはいつるけれど、その写真群一つの主義、主張に収れんされていかないように周到な編集がしてあるというか。ジュークボックスと赤ん坊。この写真が、この状況を良しとしているのか、批判しているのか。はっきりしない。アメリカ文明の進んだ側面と、赤ん坊の孤立した姿。寂しさや感傷を感じ取ることができたとしても、それがどういう意図をもって撮影され、ここにこうして発表されているのかは謎なんです。星条旗が何度も出てきて、記号的な読み方もできそうだけど、はぐらかされている感じがする。
金 村 星条旗を出してくるっていうのはフランクだけに限りませんよね。
タカザワ フランクより六つ年下のジャスパー・ジョーンズ(一九三〇〜)が国旗をモティーフにした作品を発表し始めるのも一九五十年代ですね。
金 村 当時の芸術家が共有している意識っていうのかな。フランクの写真がすべていい写真か、って言われるとそうでもない。何を言いたいかもはっきりしない。でも、この写真集のなかに入っているとすごくいい、という写真が何枚もあるんですよ。一枚だけとりあげていいとかわるいとかじゃない。どうってことない写真がたくさんあるんです。
タカザワ たとえば、マグナムに代表されるような報道写真の名作と比較して、構図に緊張感があるわけでも、迫力があるわけでもない。なのに、こうして見ていくとザワザワしてくる。
◎ロバート・フランクとウィリアム・クライン
金 村 同時代のウィリアム・クライン(一九二八〜)ともぜんぜん違いますよね。ウィリアム・クラインの『ニューヨーク』(一九五六年)と比べるとよくわかるけど、クラインはもっとバランスよくいろいろなものを撮ってる。最初からイメージがあって、狙っている。
タカザワ  『ニューヨーク』はよく『アメリカ人』と一緒に紹介されますよね。どちらも一九五〇年代後半に出版されていて、のちの写真家に大きな影響を与えた、と。見比べるとまったく正反対の印象で、『ニューヨーク』が動なら、『アメリカ人』は静。それだけではなくて、『ニューヨーク』は全体として伝えたいこと、主張のようなものがはっきりしてる。大都市、ニューヨークのエネルギー、喧噪を生け捕りにするような豪快さがあるんですけど、フランクのほうはもっと複雑な感じがします。
金 村 フランクの場合はよくわからない。写真に写っている木の根っこが面白いから撮ったのか、その後ろで寝転がっているアロハの男が面白いのか。通常、これは「失敗写真」って言われるんですよ。フンラクの写真を見ていると、写真は積極的に失敗してもいいんだ、と思う。成功とか失敗って概念を曖昧にしているんですよね。
タカザワ 『アメリカ人』が刊行当時、アメリカでの評価が芳しくなかったってことは有名ですけど、その理由も「曖昧だ」っていうことだったらしいですね。アメリカを批判するならもっとはっきりしろ、と。フォト・ジャーナリズム全盛の時代ですから、社会を鋭く告発するようなドキュメンタリーが主流だった。そして、『アメリカ人』を積極的に評価したのは若い写真家たちだった。
金 村 そうでしょうね。
タカザワ リー・フリードランダー(一九三四〜)やゲイリー・ウィノグランド(一九二八〜)たち。彼らはフランクとはそう年は違わないんですが、二十〜三十代だった彼らがロバート・フランクを支持した。これが自分たちがやりたいことなんだ、と。雑誌に載っているようなピクチャー・ストーリーではなく、パーソナルな視点を持った写真家の作品。作家の写真集だ、と感じたんだと思います。実際、フリードランダーもウィノグランドも初期は雑誌の仕事をしていたけれど、そこから写真作家としての活動に進んでいきます。
金 村 曖昧っていえばそうなんだけど、意味が多重になっているんでしょうね。読む側にゆだねられている。読み方を限定していない。開かれていますよね。
タカザワ 一九五〇年代のアメリカは黄金時代と言われるほど、経済的にも政治的にも好調だった。しかし、フランクの写真に写っているのはやがてくる公民権運動の時代を予感させるような人種差別問題を連想させるイメージや、クルマやジュークボックスといったハイテクで、快適で、閉ざされた、孤独を感じさせるモノですよね。国旗はナショナリズムを思わせるし。アメリカ文明に対する批評とも受け取れるし、そういう見方は現代においては先進国が共有する問題になっている。でも、それだけではなく、一人の異邦人の眼が見た個人的なロード・ムービーのようにも見える。しかも、ブレたりボケたり、失敗写真が入ることによって、写真というメディウムを否応なく意識させますね。
金 村 フランクのオリジナルプリントって、傷が多いんですよね。ムラも多いし、真っ黒だし。写真の世界で嫌がられることを全部やっている。当時のアメリカの写真にあった普遍的な価値と正反対のことをやろうと思ったんじゃないですかね。基本的に、ロバート・フランクの『アメリカ人』ってビート・ジェネレーションと同じことをやってるわけだから。
タカザワ それに、フランクが『アメリカ人』だけ出して、映画に行ってしまった。そのことも、この写真集の価値を高めていると思うんですよね。クラインものちに映画を撮るようになりますが、その前に、『ニューヨーク』のあと、パリやローマ、東京、モスクワでも撮って都市シリーズにしていく。ファッション・フォトグラファーとしても活躍しているので、その要素を取り込んではいるものの、基本的には『ニューヨーク』の拡大再生産なんですよね。
金 村 あんまり面白くないですよね。
タカザワ フランクは「イタリア人」も「フランス人」もやってない(笑)。
金 村 そうですね(笑)。「イギリス人」とかやったら、身も蓋もない話になる。
タカザワ 最近になって、パリやロンドン、ペルーなど、世界各地を放浪していた時代の写真を出していますが、『アメリカ人』を出した頃には出していない。
◎「キミは冷たい人だね」
タカザワ  フランクはスイスで生まれ育ったユダヤ人ですが、裕福な家庭に生まれ、お父さんも趣味で写真をやっていた。少年時代に「スイス国立展(landy39)」という博覧会を見て、強い印象を受けたそうなんですが、当時はドイツのアルベルト・レンガー=パッチュ(一八九七〜一九六六)の写真など、新即物主義が流行していたこともあって、写真は最先端の表現として、とんがっていたと思うんですよね。そして、十五歳で写真家見習いとしてスタジオで働き始めるんですが、そこで写真だけではなくフォト・モンタージュやデザインの手ほどきも受けています。そして、映画のスチルや広告写真家のアシスタントなど、商業写真家への道を歩き始めるんですが、同時に、写真を分類してブックにするということを教わって、その通りに写真を整理し始める。ヨーロッパのモダニズムの洗礼を受けたうえでスイスを飛び出して、ヨーロッパ、アメリカを転々としながら写真家としてのキャリアを積んでいくことになったんです。
金 村 フランクは異邦人。その視点でアメリカを見てみようということだったんでしょうね。そこにビート・ジェネレーションが入ってくるところが面白いんですよね。まず、フランクの写真は弱いですよね。一枚一枚ではすごく弱いと思う。土門拳の写真だったら、似たようなものを撮ってもピシっとピントが合って、一枚だけで十分強い。フランクの写真は弱いんです。それが、ある種のマッチョから遠ざかっていこう、みたいなことにもなっている。ヘンな言い方だけど、フランクって男らしくないですよね。弱さっていうかね。写真ってもともと弱いものだと思うんです。
タカザワ フォト・ジャーナリズムの常道でいえば、状況に入り込んで、広角レンズで撮る。それが迫真的な表現だったわけですけど、それとは明らかに違いますよね。標準レンズが多いのかな。望遠系も入っているし、少し遠いところから眺めている写真が多い。状況のなかに入って撮っている写真が意外と少ないんですよね。ちょっと距離感がある。近づいても、ブレていたり。
金 村 ライカに50ミリの標準レンズって曖昧ですよ。一眼レフじゃないからファインダーを見てもフレーミングがよくわからない。撮っているそのときにはわからないということを肯定するっていうのかな。それが新しいといえるんじゃないですかね。露出不足の写真もありますよね。ライカには露出計がついていないから、露出もいい加減だったんでしょうね。
そういえば、僕はロバート・フランクに会ったことがあるんですよ。横浜美術館でロバート・フランク展をやったときに。まだ学生で、ロバート・フランクに写真を見せようって、写真学校からそれぞれ二、三人が選ばれて見せに行ったんですよ。えらく批判された覚えがありますね。
タカザワ そのとき、褒められたのが佐原宏臣さんだったそうですね。
金 村 そうなんですよ。フランクと写真を交換してもらってね。いいなあ、と思いましたね。この人の写真が取り替えてもらえるなら、俺のも大丈夫かなと思ったら、「キミは冷たい人だね」と言われて(笑)。
タカザワ フランクの写真は温かいのかなあ(笑)。
金 村 うーん。
タカザワ センチメンタルなところはありますよね。
金 村 センチメンタルですよね。でも、それがセンチメンタルだけに終わらない。失敗してもいい、セレクションはいい加減なもの、トリミングしたっていい、という、自分の主観に収まらないことを公然と肯定したことがすごいんでしょうね。上手いだけだったら、アメリカのブラッサイ(一八九九〜一九八四)みたいな感じで、嫌みな写真になると思いますよ。
タカザワ フランクの写真って、日本の雑誌での取り上げられ方を見ると、「アメリカン・カルチャー、カッコイイ」ってイメージですけど、僕はそう思ったことがないんですよね。
金 村 そう。かっこよくないんですよ。
タカザワ かっこいいのはフランク自身の写真家、表現者としての姿勢っていうか。写真の扱い方で、写真をモノとして見ていると思うしクールだと思う。
金 村 アート・ディレクターの視点がある。写真家の自分と、アート・ディレクターの自分が両方いる。写真だけ取りだしてかっこいい、というものではないと思いますね。
◎写真を突き放す
金 村 さっきタカザワさんが言っていましたけど、写真をモノとして扱っている。すごく粒子が出ている写真があるし。粒子を出す人は、写真を物質的に扱う人が多いですよね。僕は中判カメラを使っているから粒子はあまり出さないけど。
タカザワ  粒子について言うと、アッジェ(一八五七〜一九二七)、アボット(一八九八〜一九九一)、エヴァンス(一九〇三〜一九七五)という流れは、写っているものをできるだけちゃんと写真のなかに構成しようという意志を感じますけど、フランクの場合は彼らの系譜に連なる存在として位置づけられる一方で、粒子を出した写真で、「これは写真にすぎない」と提示している。
金 村 ムラ、粒子、傷跡、ゴミ。それも写真の要素として前面に出していいんだ。失敗は正しい。その最初の一人でしょうね。
タカザワ 写真集の編集や、ネガに傷をつける作品にもそれはうかがえますね。「曖昧さ」あるいは意味の多重性ということと、写真をモノとして突き放して見る視点、というのがフランクの新しさだったのかな。
金 村 写真学校に入ったときに言われましたけどね、「フランクの真似をするな」。最初にこれをやるとずっと下手なままで終わるから。露出オーバーのネガを無理して焼いたりね。明らかに下手なフレーミングもありますよね。中途半端に切れていたり。でも、そのかっこ悪さがかっこいいのかな。力強くないじゃないですか。でも、じゃあ、それが何なんだ、と言われると。
たとえばベッヒャーの写真を真似していれば何かが生まれてくる可能性はあるけど、フランクはワン・アンド・オンリーだから。真似しようがないっていうのかな。
タカザワ ネガを引っかいて言葉を書き付けた写真でも、「Good bye」とか、言葉の選び方が平易というかシンプルというか。ネイティブじゃないからかな。たどたどしくすら感じるけど。フィルムをひっかいたりしているからでもあるでしょうけど。ふつうは文字が入っていると、意味が過剰になって余計な感じがするんですけど、ハマってる。センスがいい。
金 村 大概の写真家は写真は言葉で表せないとか、もともと違うものだとか言うけど、フランクはそんなことは言わないでしょう。写真と言語は同じようなもんだし、言葉なしで写真は成立しないと思っているからこうなるんじゃないかなあ。
フランクの書く文字に味がある。やってみたいけど、なかなかできないだろうなあ。これを真似しようっていうのは難しいですよ。見てびっくりするのはわかるけど。
タカザワ インパクトが強いだけに、フランクの真似だと思われてしまう危険性がありますよね。さっき言ったフィルムをひっかくとか、パーフォレーションをそのままプリントするとか、かっこいいけど、フランクの真似になっちゃう。
金 村 とんでもない誤訳、勘違いをすることでしか成立しないでしょうね。英語が日本語になるだけでも一気にかっこわるくなりますから。
タカザワ その「誤訳」の成功例が鈴木清さんだという見方ができますよね。鈴木さんはロバート・フランクに強い影響を受けています。続けて鈴木清さんの話をしましょうか。(続く)
百葉箱 Screen #01
小松 浩子 (写真家)
水中または水面を浮遊している生物をプランクトンと呼ぶ。浮遊しているのは自発的に遊泳する能力が殆ど無いためで動物と植物に分類される。動物プランクトンには原生動物•クラゲ類•貝類•甲殻類やそれらの幼生、植物プランクトンには珪藻類•藍藻類など多種多様を極める。増殖が容易なため餌として水生動物の生存に重要な役割を担うが、異常増殖により赤潮を発生させ水生動物の死因とも成り得る。物心がつくと透明で仄かに発光しながら空中を浮遊する物体が日常的に眼前にあり、ブランクトンは浮遊生物という別称を持ってはいるが、別称において空中と水中は区別されていないためプランクトンの一種として認識し違和感を持つことなく過ごす。植物性プランクトンの珪藻類はガラスの成分と同じ珪酸でできた硬い殻で覆われており、細胞の中にある光合成のための葉緑体により黄色く、大きさは6μm(μm=1/1000㎜)から2㎜程と微細であり個体の集合である群体を形成していない限り肉眼で確認することは難しい。しかし眼前にある空中を浮遊する物体は針珪藻と呼ばれる細長いプランクトンに形状は似ているが無色透明であり群れて浮遊しているため焦点が合いづらく目視により大きさを判断することが出来ない。手を伸ばして触れようとすると磁石の同極が反発し合うように手から離れ決して触れることが出来ないため質感・感触などが確認出来ず、有機体か無機体かも判断がつかない。図鑑を見ても特定出来ない空中を浮遊する物体について何人かの他者に問うことで、徐々に視覚は共通ではなく固有であることを知る。他者には視覚し得ない空中を浮遊する物体を視覚する原因は、神秘主義者によれば子供は無垢であり感性が鋭いため既存の霊的現象を感受し易く、自閉症患者の手記によれば精神を起因とし治療の進行と共に消滅し、眼科医によれば何らかの眼の疾患と幾つか考えられる。空中を浮遊する物体を視覚することは成長とともに無くなるが、「共通の視覚」に対する不信は存続する。
超訳球根栽培法
金村 修 (写真家)
醜いあひるの子は最後まで醜いあひるでいるべきだった。実は白鳥だったなんていうオチは、醜さは美しくなるための我慢すべき前段階であり、最終的に美しくなれば醜さは廃棄されるということなのか。それとも美しい者になるには努力よりも血筋かという話なのだろうか。あひるは積極的に美を獲得するためになにかをしていたわけではないし、“あの白鳥達になら殺されてもいいや”という醜いあひるの美しい者に陵辱されて死ぬという美しい者=主体-醜い者=客体、白鳥とあひる、美と醜の同一を夢見ながら死のうという願望でもない。
醜いというあひるの立場は美しい者に無視されているかそこにいない者として扱われる存在であり、無視され透明化されているからこそあひるはよけいに美しい者達の視線を無意識に感じとる。無視されつづけるあひるとつねに誰かの視線を独占しつづける白鳥の非対称性は、あひるに白鳥達と同等の視線を持つことは不可能であり、白鳥達を仰ぎ見るか隠れてこそこそと覗き見ることしかできないと知らしめる。あひるが白鳥に転身することなく視線を奪還すること。対称的な視線を獲得するためには白鳥にならなければいけないという事実は、原住民は先進国の言葉が喋れなければ地べたにひれ伏して死んでしまえということと同じだ。白鳥になれない醜いあひるの言葉なんか誰も耳を傾けない。醜いあひるが醜いあひるとして白鳥達に耳を傾けさせる唯一の行動は白鳥に性的になぶり殺しにされる無惨な運命を受け入れることだけだろう。
“俺を誘惑し興奮させる女どもをぶち殺す”といった病的な女性嫌悪主義者のように、白鳥達に性的興奮をおぼえさせるような死があひる達の存在証明だ。醜く誰からも嫌われているあひるに性的な興奮をおぼえるという醜悪のレベルに白鳥達を引きずりおろすこと。美しい白鳥達のためにあひるはつぎからつぎへと花のように開き、花弁が緑から黄色へ黄色からぶよぶよした灰色の風景、灰色の風景からもう一度黄色の、殻のなかから流れ出そうとしているぐちゃぐちゃに掻きまわされた卵の黄身と白見が混じり合い泡のぶつぶつが浮かび上がってくるどろりとした黄色のマニキュアの除光液のような鼻につんとするまき散らされた肉袋のまるで黄丹のような色に変化しつづける。反吐色の湿原地の腐食土から咲き育つ山茶花、紫陽花、木苺のなかで葉肉汁に密生したミルク紅茶色の毛に包まれた杏のような球体があひる達の喉元や肛門、ヴァギナとあらゆる穴を目指して入り込む。絶え間なしに熟していく破瓜した醜いあひるの発酵した血や、胎盤と黄体から分泌される発情を抑制し妊娠をスムーズに維持させる雌性のホルモンである黄体ホルモンがテーブルの上にぶちまけられ、鼻先をぎゅっと押すとチューブのようににょろにょろ出てくる鼻脂のようなつやつやした体液が赤黒い血と混じり合う。しらかばの皮や棕櫚の繊維であんだマットのなかに転がって、あぶらをひいた金だらいの上であひる達の嘴が粉々にひかれていくのを見物しよう。とうもろこしの房、こけももの実を茎にさしたものや葉っぱごと取ってきた胡桃が粉々になったあひるの嘴でつくったパンケーキのお供に素晴らしいデザートが提出される。

パンケーキのなかに練りこまれた粉々になったあひるの眼球が夢を見る。醜い老人同士がイカやタコのかぶりものをして竜宮城ごっこを演じながらの気ままに殺し合う姿。鯛や平目は惨劇のための儀式を踊りながら焦点の定まらない目で喚き散らしている。浦島太郎の悲鳴が聞きたい。乙姫様のこころに触れたい。鴛鴦の衾の下に比翼の契りをなして三年。次はいつの世でお逢いできるのでしょうか。あぶらをひいた金だらいの上で乙姫様の尽くす心をひきつぶす。
“かりそめに 契りし人のおもかげを 忘れもやらぬ身をいかがせん”と今となっては包み隠さず申しましょう。実はわたしは場末のどぶみたいな竜宮城の牝豚でございます。アメリカの屠殺所の豚は気絶した直後に皮膚が柔らかくなっておいしくなるからと熱いお湯のなかにくぐらされるので、途中気絶から目がさめるとその熱さに思わず悲鳴を上げてしまう牝豚です。コンクリートの狭い部屋のなかで殺されるまで監禁されている豚は壁に向かって頭突きを繰り返したり、お互いをただ突っつき合ったりしています。盲目の牝豚、片耳しかない牝豚、スイカみたいに大きいヘルニアの牝豚。牝豚達はこの単調な行動を永遠に繰り返し、誰かが死んでもその死骸を突っつき合ったり舐めたりしている無意味な牝豚です。束縛かんぬき気絶法で使用されるピストルが発射した金属の長い棒が頭に突き刺さる直前にあなたに命を救われた、その恩返しにこのように夫婦の契りを交わしました。
わたしは発狂したイカやタコのかぶりもので世間の情けをいただいている薄汚い老人達でございますが、色に狂った色魔のようなフリルのついた乙姫様の格好でどぶのなかで撲殺して下さい。撲殺したわたしの死骸を裸に剥いて化粧台の鏡の前に立たして永久に勃起しつづけるようにいつまでもみんなで代わりばんこにしごきつづけて下さい。いずれ閉じ込められた牝豚達がわたしの永久に勃起した陰茎をあきもせず突っつき日がな一日舐めつづけているでしょう。

罪と罰のラスコーリニコフはソーニャの黒い瞳のなかに映る自分の顔がいやだった。鏡に映った自分も最悪だけど、あの黒目のなかに映っている自分の顔を見るとぞっとする。鏡に映った自分はまだ生きているけれど、瞳に映った自分はまるで死体そのものだ。生きて感情が感じられるぶんだけ死体より始末が悪い。金貸しの老婆を殺すところをそこの下女に見られたからついでに殺した。下女の頭に斧を振り上げる直前に彼女の瞳に映った自分の顔を何度も記憶のなかで反芻する。そのときのことをソーニャに告白したときの、彼女の瞳に映った自分の顔。自分の顔なのにまるで他人の顔のようだ。自分で自分の顔を見つづけることで自分の顔が石化していく。あの連中は殺した奴を反省させようとしているのだろうか?殺された奴なんて弱肉競争に負けたたんなる社会的弱者だ。社会的弱者の行く末なんて上から回転する車輪のような丸鋸がゆっくりとのしかかり斬殺されるか、肉屋の挽肉おろし機械に間違って頭を突っ込んで頭ごとミンチにされるか、安楽椅子に座ってテレビを見ながらお客様の健康を考えた秘伝のにんにく醤油に三日間つけたバラ肉の丼飯を食べながら体中に注射針と管を刺され、いろんな色をした原色のくすりを注入されて管だらけで死ぬかなんだからまだラスコーリニコフに殺された方がいいにきまってる。下女は下女でしかないし、十字架を持ったソーニャも所詮淫売なんだ、淫売に鏡の役割なんてできるわけがない。あの淫売の黒い瞳を白目に剥いてやろう、そうすればなにも映らない。淫売には淫売の死に方があるはずだ。

醜いあひるの子の苦痛でゆがんだ顔にアイブロウを塗ってあげようと思うのだけどアイブロウが上手く引けず眉全体に入れ墨をいれたような太い海苔みたいな線が顔のあちらこちらに引かれ、どこかの原住民の成人になるための儀式のような顔になってしまう。あひるのペニスの皮に彫られた般若とあざらしがたわむれながらも殺気立った目で互いを見据えている赤と黒のまだらになった入れ墨は、普段ぐにゃぐにゃに縮んでいるときは世界平和の象徴のような穏やかな笑顔の般若とあざらしなのに、ありじごくのなかに性器を突っ込み責め立てているときの入れ墨達の表情は、命乞いしろメス犬、そのありじごくをめちゃくちゃにしてやると乱暴ではすっぱな口調で命令して、教養のない下層出身者特有のしまりのないソーニャのがに股の股関節をさらに開かせるために足を広げて座っているその背中からさらにぐぐっと二百キロぐらいの物体をのせて無理にでも開かせる。開ききった足の両膝をあわせてぎゅっと縛り、その縛ったロープの端を首に巻いて膝が顎にくっつくほどぐいぐい引きしばる。膝と顎がぴったりとくっつくまで紐を引っ張ってみたらソーニャのお尻のつけねから割れ目の線にそって彫りの部分にベッコウが入った正本の一寸柳包丁を一気に吸い付くように差し込む。淫売の娘にふさわしい死。

娘に売春をさせていたソーニャのお父さんだってソーニャには恨みが沸点にたっしているはずだ。あの黒い瞳に映った、酔っぱらっている自分の貧相な顔。無言でそんな顔を見せるソーニャは、鞭で打たれて死んでいった馬の濡れた瞳にそっくりだ。あの倒れて鞭打たれていた馬は悲しい気分だから涙を流していたわけじゃない。この醜い世界の現実が涙の表面に反射して歪んで映る。世界を歪ませるためにあの馬は目の表面を濡らしているだけだ。永遠に自分の貧相で薄汚いエゴの塊みたいな顔を彷彿し続ける。江戸時代初期の家光ぐらいの頃の長崎の出島で違法に上陸したポルトガルの船員達を江戸幕府は、ほぼ全員撫で斬りにする命令を出して、ポルトガルの船員達はみんな無抵抗で首を差し出し黙って死んでいった。その現実が処刑にたずさわった長崎藩、佐賀藩の武士達に死ぬまで消えない痕跡を残させた。まるで自分達が犬畜生にも劣る最悪の存在だと思わせたようだ。七代までこの悪夢が祟るのではないかと思った武士もいたらしい。だからソーニャはわたし達の存在は常に最低の存在なのだということをいつまでも教えつづける。

他のあひるの嘴で突かれたり、雌鳥の羽でぶたれたり、鳥番の女の子に追いかけられるより美しい白鳥に殺されたほうがいいなんて思う醜いあひるの子は、美しい者達に囲まれて殺される自分を想像する。ぶさいくなあひると高貴な白鳥が鏡に映ったときの、決して交わらない二つの存在が完璧なコントラストで混じり合う鏡のなかのわたし達。あひるはそのなかでしか白鳥達と同等になれないのだ。汚辱のなかで死ね、それが美しい者達と触れる最後のチャンスだと醜いあひるの子は白鳥達に逆さ吊りにされて一寸だめし五分だめし、細々に切り裂かれ皮を剥がれ鞭打たれる姿を鏡に映したい。金箔の額縁のなかにはめられた絵のなかの人物のように完璧なコントラストをなすわたし達の姿が映っているのが見えるから。どちらかが欠けてもこの一体の関係をもったあひると白鳥の均整のとれた姿は再現できないだろう。醜いあひるの子がそばにいない白鳥の姿なんてもう誰も想像できない。
美しい者達に永久に苛まれたいという欲望は身体に対する無限の苦痛を要求するだけではなく、苦痛を加えられる姿を見たいという視線の欲望であり、わたしはとても美しい白鳥達に触ることはできないけれど白鳥達に痛めつけられるところを鏡のなかに映し、その行為を見ることで二人の姿が鏡のなかに定着する。鏡のなかに定着した白鳥を醜いあひるの子は触ることができるのだろうか。
あひるにとって白鳥達は父であり母でもあり、強烈な法と掟の白鳥の視線と、なにをしても許される口唇的母性的白鳥の視線が同居している。父であり母でもある白鳥達の鞭の暴力に晒されること。晒されている二人の姿が鏡のなかに映ることで、わたし-あなたの非対称性が解放される。白鳥と彼らの暴力に晒される醜いあひるの子がその姿を鏡で見ることで、見る-見られるという視線の非対称性がイメージとして写真のように定着され、醜いあひるの子に触覚の欲望を喚起させる。鏡に映ったイメージだけがあひるにとって白鳥に触れることができる唯一の可能性の場なのだ。白鳥達に性的快感をもって切り刻まれる鏡に映ったあひるの姿は、鏡に映ったイメージは幻影ではなくまさに物質的イメージであり、視覚がイコール触覚へと、醜いあひるの子にとって視覚はみじめなものであり、視覚と触覚の対立を止揚できる唯一の場が鏡なのだ。

写真は悪魔が世界に持ち込んだものだ。人の声を盗む者、他の姿を盗む者、他の生血を盗む者、この三つは悪魔であると夢野久作が言うように、写真は世界の声を再現=盗み、そして生きている者をそのままを再現するのではなく、その姿=フォルムとして生きている者を形骸化する他の姿を盗む者であり、写真は現実の分身、参照先の対象が滅亡してもその人のふりをして生きつづける悪魔、“今も昔も本当なら、又はどちらも夢ならば、妾は居るのか居ないのか、解らぬようになりまする”。写真は他の生血を盗む者であり、現実と分身を転倒させる。分身が現実になる。

醜いあひるの子はサバルタンの階級だ。誰もが理解できる言語で語ることは絶対にないのだ。わたし達は鞭で叩かれ痛めつけられることでブルジョワにその知性と教養と言語を放棄させるだろう。マゾヒストは白鳥達の言葉を喋らない。鏡に映ったマゾヒストは白鳥達の言葉を一気に蛮族の暴力と獣の唸りのような言葉へと転化するだろう。彼らの教養が性的興奮の前で溶解しはじめる。“それかあらぬか、その線も、色彩も霧のように溶けうせてしまうのだと考えると、私は深い悲哀の念にとらわれたのである”に映画「トパーズ」のバイブレーターをマイク代わりに天野小夜子が「恋のバカンス」を歌う。今夜も輝く熱い砂の上で裸で恋をしょう人魚のように甘美な東京の80年代バブル。決して戻ってこないもの絶対に戻って取り戻すことのできないものとしての映画「トパーズ」に取り戻したいものなんてなにもない。奪われつづけ、うしないつづけることだけがマゾヒストの存在証明だ。スーパーマンみたいになれるクスリを飲み、鞭に絶えまなく打たれつづけることで開花するマゾヒストは、マテリアルなスーパーマンの裸、マテリアルなスーパーマンの恋、マテリアルなスーパーマンの人魚、マテリアルなスーパーマンの「恋のバカンス」。ためいきがでちゃう更多更詳蓋歌詞在%mojin.com魔鏡歌詞網バラ色の日々よはじめてあなたに見た恋のバカンス更多更詳蓋歌詞在%mojin.com魔鏡歌詞網バラ色の日々よ更多更詳蓋歌詞在%mojin.com魔鏡歌詞網バラ色の日々よ更多更詳蓋歌詞在%mojin.com魔鏡歌詞網バラ色の日々よ更多更詳蓋歌詞在%mojin.com魔鏡歌詞網バラ色の日々よ更多更詳蓋歌詞在%mojin.com魔鏡歌詞網バラ色の日々よ更多更詳蓋歌詞在%mojin.com魔鏡歌詞網バラ色の日々よ更多更詳蓋歌詞在%mojin.com魔鏡歌詞網バラ色の日々よ。

灰色という曖昧な領域を指し示す色が実はモノクロのトーンの標準色彩であり、モノクロは白と黒という二つの色彩に対立/分岐するのではなく、常に曖昧な色のあいだを微細に変化しながら全体の色彩を決定する。コントラストが高く対立的に彩られたモノクロ写真は灰色の変化を廃棄した不動のモノクロであり、それは対立的でありながらゆらめぐようなアクションの放棄された色の抜け殻であり要するに二流の工芸品だ。一枚の画面のなかに映りこんだすべてのものが見ている者の視線をあちらこちらに誘導する。重要なのは細部であり色調の微細な変化も含めて局地的な細部の移動が、写真を物語の接続から遠ざける。

わたしは白鳥にぶちのめされるだけのために生きてきた醜いあひるの子であり、白鳥達と触る-触られるという親和的な触知関係は成立するわけがないだろう。一方的にぶちのめされるために生きているのだから。
林檎の木は今いっぱいに花が咲き、香ばしい接骨木はビロードの様な芝生の周りを流れる小川の上にその長い緑の枝を垂れている。太陽は真上から照らし赤い鸚鵡や黄色い七面鳥が間の抜けた声で叫び、黄金色になった小麦やまだ青いからす麦に牧場に積み上げられた原色の星草積みのなかで灰色の醜いあひるの色彩は赤い鸚鵡、藍丸王子、青目爺、美紅等の原色に接続される。原色の色彩はブルジョア社会が白色に対してイメージするすべての心理や夢や理想を破壊するだろう。停滞でありなにも始まらない白。白はあらゆる色彩に転移されるべき色であり、崩壊の予感に満ちた白、赤や青や緑の原色に浸食されることで白ははじめてその存在が際立つ。白は醜い者たちに襲撃されることを肯定すべき色なのだ。日本武尊が最後白鳥になって東の空へ飛んでいくような不快な御祓の白は拒否する。天皇の尖兵となって西から東に侵略と簒奪を繰り返してきた日本武尊がその血だるまの本性を投げ捨てて白鳥になるなんて誰も信じないだろう。白鳥になった武尊の白はやがて血だるまになることを予感する白であり、白鳥になることで清められる白になるのではなく、いつか日本人全員に出血を強要する白として機能する。

血だるまの武尊がその本性を剥き出しにして馬にまたがり老人ホームに皮膚にまとわりつく介癬虫ヒゼンダニをまきちらしながら火を持ってつけ歩く。髪は総髪で金の瓢箪の鞘の槍にのぼり足をひっかけて逆さまになり体を一回転して地面に降り立つ角部衛獅子の宙返り、きばでも杉立ちでもいたしながらの軍事行進に、介癬の武尊が無数のダニの力で老人達の顔面破壊を遂行する。ダニに襲撃され火をあげる老人ホームの煙が精子みたにあっちこっちに飛び散る。ふにゃふにゃになった陰茎を手に握って走り回る老人達、そんな修羅場でも赤黒く膨れ上がった陰茎を認知症のお婆さんのお尻に擦りつけようとする老人達。介癬虫が焼夷弾のように老人ホームの庭に振りかかる。カスパー液と精液で火事を止めようと躍起になる老人達の必死のマスターベーション。認知症の老人達は昔おぼえたバケツリレーの代わりに互いの勃起した陰茎をリレー競争のバトンタッチように隣の老人に渡そうとする。

一日中狭い喫茶店のテーブルとテーブルの間を“喫煙席ご案内します”と媚びるような声を出しながら客を誘導するウエイトレスの得意げな顔。狭苦しい店内を誘導して歩くことが赤いカーペットの上を、ピンスポットを浴びて歩いているかのような勘違いした得意の絶頂のウエイトレスを、ヘリウムガスを吸って奇妙な声を出している低所得層が従事する海綿体膨張作業班が襲撃の準備に余念がない。パンストに背広の作業班が二手に別れて片方はウエイトレスの顔面破壊に、もう片方は原型を想起させない粉々に破壊された顔の代わりに人糞を配置するミッションを与えられる。配置された人糞の上にトビウオの血走った眼とラ・フランス、赤い人参を鼻と唇の代わりにして鯉のうろこを人糞にまく。半魚人のような元人糞ウエイトレスが喋る。“喫煙席ご案内、席確保でご注文お願いします、混雑してきましたお食事がおすみの方は次のお客様のために席のお譲りのご協力お願いします”となんでも最初に“お”をつけて謙っていればどんな失礼な命令でも上品に聞こえると思いあがってる元人糞ウエイトレスの恥丘のうえに人口の陰茎を配置し、ピザの斜塔のように斜め下45度に傾いたまま陰茎をふらふらさせ、鬼頭の先には機関車トーマスの笑顔を描いてやろう。機関車トーマスになった元人糞ウエイトレスの陰茎が出発進行と叫ぶ。柔らかい海綿体の先っぽがお客様の頰にまるで猫手チョップのような平手打ちをくらわせる。自分の陰茎が中心に世界が廻っているという元人糞ウエイトレスの傲慢さは、空気中に含まれる水分の膨大な波を書き記すためにニクロム線を陰茎にぐるぐる巻きに巻いて世界の湿度を己の陰茎一つで探知しようといううぬぼれにまで増長している。海綿体膨張作業班が掃除機の吸い込み口を使って膨らまさせた陰茎を100度の温度でジューっと揚げたては衣がシャリッとしてかじると前歯に音がする。中身の芋は柔らかくて熱く、それを腹を減らした私は、惜しみ惜しみ、ホッホッと食べつつ帰る。夏野菜たっぷりのこのスープは暑い時期にぴったりの爽やかな美味しさ。衣がサクッとしていて、ホクホクのジャガイモと絶妙な割合で入れられた肉とのバランスで最高の甘みが生まれている。口当たりをよくするため、ジャガイモは煮崩れるくらいよく煮てからつぶす。ロシアの代表的な具だくさんのスープと食べ物のことばかりだ。東京は歩くたびに、食べ物とビジネスと自己啓発本のよく分からない情報で頭がいっぱいになる。

「炭水化物に支配されている上司」「炭水化物に支配されている上司」「炭水化物に支配されている上司」「炭水化物に支配されている上司」「炭水化物に支配されている上司」「炭水化物に支配されている上司」「炭水化物に支配されている上司」「炭水化物に支配されている上司」から前期の営業鎖骨美人ドレスとしての私は超速新生活の最強ネット監督超速30歳今却結婚陰毛デルタの形状による精神病者の分類そのおかえしにありじごくのすがたをかえてやるとうるんとうるんの指どおり本日も流転の海のずっと遠くでは大きな鐘がいくつもいくつも鳴っていました流転の海のずっと遠くでは大きな鐘がいくつもいくつも鳴っていました流転の海のずっと遠くでは大きな鐘がいくつもいくつも鳴っていました流転の海のずっと遠くでは大きな鐘がいくつもいくつも鳴っていました流転の海のずっと遠くでは大きな鐘がいくつもいくつも鳴っていました磯波がくだけるたびに鉄のとびらをたたくような青い浜かんざしのむれがはえていました磯波がくだけるたびに鉄のとびらをたたくような青い浜かんざしのむれがはえていました磯波がくだけるたびに鉄のとびらをたたくような青い浜かんざしのむれがはえていました風がふきこんでくるたびに浜むぎが細いくきをふるわせてサラサラ鳴っていました風がふきこんでくるたびに浜むぎが細いくきをふるわせてサラサラ鳴っていました風がふきこんでくるたびに浜むぎが細いくきをふるわせてサラサラ鳴っていました風がふきこんでくるたびに浜むぎが細いくきをふるわせてサラサラ鳴っていました青い青い空と頭の上でゆれている浜かんざしの花だけでした青い青い空と頭の上でゆれている浜かんざしの花だけでした青い青い空と頭の上でゆれている浜かんざしの花だけでした青い青い空と頭の上でゆれている浜かんざしの花だけでした家中がさらさらいうやわらかい音であふれてきましたときたまつぼみが開くぽんという音や熟した実が家中がさらさらいうやわらかい音であふれてきましたときたまつぼみが開くぽんという音や熟した実が家中がさらさらいうやわらかい音であふれてきましたときたまつぼみが開くぽんという音や熟した実がたった5秒思考のムダを捨てるだけで、仕事の9割は「集団自殺」「集団自殺」「集団自殺」「集団自殺」「集団自殺」「集団自殺」「集団自殺」「集団自殺」「集団自殺」「集団自殺」「集団自殺」「集団自殺」「集団自殺」「集団自殺」「集団自殺」「集団自殺」「集団自殺」「集団自殺」「集団自殺」「集団自殺」「集団自殺」「集団自殺」「集団自殺」「集団自殺」は思考法最新版人糞配置を電気コンロトリコロールのタオル銀青色とオレンジ色が交互にめくるめく美人村襲撃。(つづく)
There is a method in our madness. 〜我々の狂気には筋が通っている〜
澤田 育久 (写真家)
「男は闇の中で生活し3年後に自殺した」 映画"さすらいの二人”より

「目が見えない男が手術によって視力を取り戻した時、始めて見る人の顔、色彩、風景に有頂天になったが、やがて悟るんだ。世界は想像していたより貧相だと。いかに埃まみれで、どれほど醜いか・・・。男は闇の中で生活し3年後に自殺した」
ミケランジェロ・アントニオーニのさすらいの二人からの言葉です。常に自分の身の周りのものを始めて見るかのように見ること。我々写真家はその行為の果てに何を見るのでしょうか。表層のみに意識を向け、対象の真の姿には意識を払わず、 自身の中にのみ対象の意味を見出す純粋な写真行為に耽ることはある意味幸せであるといえるのかもしれません。
なぜなら私にとって今のところ世界はまだ死にたくなるほど醜くはないように見えるからです。多くのものを目にしていながら何も見ていない私には、その醜さは一生気づかないものなのかもしれません。
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