The White Report 月刊 ウェブ・マガジン
The White Report 2014年 6月号  毎月20日更新

–目次–
写真作家の写真史 金村修 × タカザワケンジ   ・・・・・・・・・ タカザワ ケンジ
百葉箱 Screen #03   ・・・・・・・・・ 小松 浩子
超訳球根栽培法   ・・・・・・・・・ 金村 修
There is a method in our madness.
〜我々の狂気には筋が通っている〜
  ・・・・・・・・・ 澤田 育久
写真作家の写真史 金村修 × タカザワケンジ
タカザワ ケンジ (評論家)
第一回に続き、2012年に青山ブックセンター本店内の青山ブックスクールで行った写真史講座から一部を紹介する。
第二回:「写真は本だ」鈴木清
◎フランクよりもかっこいい
タカザワ  鈴木さんは一九四三年福生まれ。ロバート・フランクより十九歳年下ですね。出身は島県いわき市です。作品のアウトプットの仕方として、写真集と写真展がありますが、鈴木さんはそのどちらでもユニークな方法論を持っていました。
まず写真集ですが、生涯に八冊の写真集を出して、そのうち一冊以外は私家版。ほとんどの写真集を自分でレイアウトしています。
金村さんにとっては、東京綜合写真専門学校で教えを受けた恩師ですね。
金 村 写真集についてちょっと解説すると、ふつう本っていうのは何か撮りたいものがあって、それを撮ったものを一冊にまとめるんですけど、鈴木先生の場合は、とにかく本が作りたかったんですよね。撮りたいものは別になかった。本がどうしても作りたい。本になれば何でもいい。本を作りたいという理由で写真を撮っていたんですよ。
タカザワ  鈴木さんはフランクと交流があったんですよね。写真集を送ったり、日本で会ったり。
金 村 夢の走り』(一九八八年)という写真集では、ロバート・フランクからの手紙を公然と引用していて、これがね、評論家から評判が悪かったんですよ。フランクとの関係を自慢してるって。鈴木先生、すごく怒ってたな。
ホームレスの写真の横に「風」と言葉を添える。すごくセンス悪いと思うんだけど(笑)。カッコイイですよね。鈴木先生って、バランスの取り方とかがわからない人だったと思うんですよ。
僕、展示を手伝いにいったことがあるんですが、やりすぎるんですよ。どんどん写真が増えていって、自分でもわからなくなって、展示中、毎日写真を張り替えるってことになっちゃうんだけど。そこがすごく面白かったですね。写真のうえに写真をどんどん重ねていくんですよ。当然、下の写真は見えなくなる。
タカザワ  フランク風の写真もありますね。ちょっとブレていたり、無造作に画面が傾いていたり。どこか冷ややかで。
金 村 フランクよりかっこいいんじゃないかと思うんだけど。雑誌の写真を複写したり。「母性的なイメージを出そうとした」とか説明してもらっても、ぜんぜんそんな感じはしないですけどね。言っていることと写真がまったく違う。本人はエロス、セクシー、母性的……と言うんだけど、本当にそうかな。何が撮りたいかわからないんですよ。撮りたいだけ。何かを撮るの「何か」がない写真集っていうのかな。『夢の走り』はしばらくぶりの写真集だったんだけど、それ以前にはあったドキュメンタリーっぽさがあまりなくて、自分の手、足、顔。ロバート・フランクからの手紙。最後は釜ヶ崎。
タカザワ  かっこいいですね。
金 村 かっこいいんですよ。鈴木先生の写真は。
タカザワ  写真集は始まりがあって終わりがあるものだから、たいていの場合、徐々に盛り上げていって、クライマックスがあって、余韻を残してシメ、みたいな編集上の演出がありますけど、鈴木さんの写真にはそういう心地よいストーリー性みたいなものはないですね。
金 村 そうなんですよ。最初に盛り上がって、ずっと盛り上がってる。
タカザワ  めくっていく快感みたいなものはあまり感じませんね。むしろページをめくるたびに混乱が深まるというか。写真一点一点のイメージのほうが強い。鈴木さんにとって写真集って何だったんだろうなと思うんですけど。
◎フィルムのエロス
金 村 鈴木先生は「写真集は重要だ」と言っていましたね。
タカザワ  写真の並べ方やレイアウトについて何か言っていたんですか?
金 村 いつも写真集サイズにコピー用紙を束ねたものと、写真とカッターとペーパーセメントを持って歩いて、公園のベンチで作っていましたね。電車のなかで作ったりとか。構成を変えたり。気がつくとやっているって言っていましたね。ダミー本作りですね。
タカザワ  2011年の東京国立近代美術館の個展でも展示されていましたね。いつも完成前のダミーを持っていて、時間があると手を入れていたとか。
金 村 それと洗面器を必ず持っているんですよ。それがさっぱりわからないんですよ。一回、どうして持ってるんですか? と聞いたことがあるんですが「それは秘密だ」って言っていましたね(笑)。いつも大きな荷物を持っていましたね。定規も持っていたし。
タカザワ  写真集『流れの歌』のカバーに写ってる金属の洗面器みたいなやつですか?
金 村 そう。風呂屋に行って構成することもあるって言ってたから、風呂屋に行くために持っていたのかなと思うけど。
タカザワ  洗面器は銭湯にありますよね。タオルのほうが重要なんじゃないかな。
金 村 タオルは持ってなかったですね。洗面器だけ。カメラも持っていない。カメラは持ち歩いていなかったですね。
バッタ屋やってるおじさんをずっとドキュメントしている写真もありましたね。「こういう人を撮るのって大変じゃないですか?」って聞いたら、それは大変だって言ってましたね。夜中に家に来ちゃったりとか。「家に上げるんですか?」って聞いたら、絶対上げないって言ってた。別にこの人に同情して写真を撮っているわけじゃないから。被写体として面白いから撮っているだけで。
ちなみに現像液の温度百度で現像したっていう写真もありましたね。
タカザワ  実験なんですか? 鈴木さんにとって。
金 村 早く終わらせたかったって言っていましたね(笑)。
タカザワ  答え方も含めて作家的態度っていうか(笑)。気まぐれや偶然も写真になかに入れていく。
金 村 被写体の人がお巡りさんに怒られているのを横で撮っているみたいなひどい写真もある(笑)。普通、撮る前に止めたりするんだけど。これも百度で現像したらしいですよ。穴が開いたままだし。
タカザワ  この穴は何なんですか?
金 村 それは・・・高温処理をしているといろんなことがあるんですよ。
タカザワ  フィルムが溶けちゃうんですね。
金 村 そこにフィルムのエロスがあるって言っていましたけど。ちなみにこの人は更正して九州でまじめにやっていたそうですよ。
僕が学生の頃にはお金があったのか、フィリピンによく行っていましたね。この頃、デュラスをよく読んでいたらしくて。
鈴木先生は広角レンズなんですよね。50ミリレンズがついたマキナ。
タカザワ  35ミリ換算で24ミリくらいですね。相当広角。広角の割に歪みはあまり感じないですね。
金 村 そうですよね。上手いですよね。印画紙を折り曲げてプリントしたりとかもしていたかもしれない。ちなみに、ある写真を展覧会中に買った人がいるんですよ。買っていった後に「あの写真を買うなんてどうかしてますよ」とか言って(笑)。ひでえこと言ってるなって。ちなみに、僕も別の写真を買ったんですよ。「キミは見る目がある」と言っていましたけど、影で何を言われたかわかったもんじゃない(笑)。そういうところもかっこいいですよね。そして、マキナとは思えないような使い方で。
タカザワ  35ミリみたいですよね。中判っぽくない。
金 村 後ろに船がある。それがデュラスなんだ、と言っていましたね。
タカザワ  デュラスが物語の舞台にしていたのはベトナムですけど。
金 村 そうなんですよ。フィリピンでデュラスをやる。どこかですごく誤訳があるんですよ。
タカザワ  ちょっとズレている。そうかと思うと、ふつうのドキュメンタリー写真のような、迫力のある写真もありますね。
金 村 早く出していれば、もっと早く土門拳賞を取れた、みたいな。
タカザワ  鈴木さんは1994年に最後から二番目の写真集『修羅の圏』とその展覧会で土門拳賞を受賞していますけど、鈴木さんはもともと福島の炭坑町の生まれで、土門拳が炭坑を撮った「筑豊のこどもたち」を見て写真家になろうと思ったそうですね。
金 村 そうらしいですね。最初は漫画家になろうとしたらしいんだけど。新聞の1コマ漫画を描きたいと。
タカザワ  それで上京して。
金 村 キャバレーのボーイをやりながら。だんだん写真のほうがいいんじゃないかな、と。
タカザワ  東京綜合写真専門学校で写真を学んで、卒業した1969年に「カメラ毎日」誌で「シリーズ・炭鉱の町」により写真家デビュー。『修羅の圏』で炭坑をめぐる写真を撮っていて、ちょうど円環になっているというか。
◎球体の思想と亀裂
タカザワ  鈴木さんのカラーはどうですか?
金 村 いいですねえ。きれいですよねえ。露出とか上手いんだな、ちゃんとやると。
タカザワ  ポジですからね。ラティチュードが狭い。露出が合っていないと、こんなに色ノリがよくないですよね。ということはちゃんと露出が合ってる。
金 村 こういう、さっきのフランクの真似をしているみたいな写真もありますけど、ぜんぜん違うんですよね。まず第一に下が新聞。
タカザワ  生活感が出てる(笑)。
金 村 ここで新聞を出しちゃうっていうのがね。大きな違い。フランクさんからの手紙まで複写して。こういうところがまた批判の対象になるんですよ。
タカザワ  本当に好きだったんですね。
金 村 好きだったみたいですね。フランクさん、と呼んでましたから。鈴木先生が亡くなったとき、フランクさんから手紙が来たくらいだから。二人が一緒にいるところを見たことがありますけど、お互いずっと黙って、ニコニコしているだけなんですよ。鈴木先生は英語しゃべれないから。
後年、死ぬ二年くらい前かな? ブロンクスに行って撮るんですよ。黒人がファッキンとか言っても、英語がわからないから照れてると思ったんでしょうね、ハロー、ナイス、とか言いながらずーっと撮っていたらしいですよ。
タカザワ  わからないって強いですね(笑)。
金 村 すごいですよ。自分のおじさんが撮った写真を入れたり。鈴木先生もけっこう人の写真を買ってた。桑原甲子雄さんのプリントを持っていたり。
タカザワ  鈴木先生の写真にもいろいろありますね。
金 村 基本は土門拳みたいな。
タカザワ  写真少年だった頃からの、ストレートなまともな写真。
金 村 それがだんだん、狂ってくるっていうか。
タカザワ  写真に時計を入れこんでますけど。クーデルカみたい。
金 村 時間?を教えてくれ、みたいな。たまたまでしょうね。○が多いじゃないですか?それは意識していて、なんで○なんですかと聞くと、「世界は○で完結する」と。曼荼羅とかのことを言っていて。
タカザワ  球体、世界っていうテーマがあった。
金 村 ただ、そういうテーマと違うところで面白いんですよね、見ているほうは。この写真を見て、球体の思想を見ろ、なんて言われたって読み取るなんてできないんですよ。
マンディアルグの小説の文章を勝手に使っちゃったりとか。なんか合うんですよ。合わないっちゃあ合わないんだけど。この合わなさ、亀裂の深さっていうかね。
タカザワ  複写、おじさんの写真もそうですけど、引用を写真集に織り込む。写真は引用そのものみたいなメディアだってこともあるのかもしれないけど。それは本作りにこだわった理由とも関わるのかも知れない。
金 村 オーソドックスでスタンダードなものとわけのわからないものが同居するっていうのかな。さっきも言いましたけど、展覧会の準備のとき、まず何をやるかっていうと、額装した写真を一列に並べるんですよ。それだけ見ていると単純にいい写真展なんですよ。そのうえに写真やら何やらいろんなものを重ねて貼っていって、わけのわからないものにするんです。
タカザワ  写真集のダミーを持ち歩いているというのも、どんどんおかしい方向にドライブをかけていくためのやり方なんでしょうね。
金 村 たぶんそうなんでしょうね。ふつうに組んだら普通にいい写真だから。
タカザワ  デスクだけでやっていたらオーソドックスだったかもしれない。いろんな場所で、いろんなシチュエーションで思いついたことを入れていく。なめらかだった流れが引っかかりを持っていく。
金 村 少なくとも展示のやり方はそんな感じでしたね。僕が写真学校に入ったときには、まず展示をやっていたモール(四谷三丁目にあった写真ギャラリー)に連れていかれて。写真の上に写真が重ねられているような状況で写真がよく見えなかったりとか。
そのとき、三カ所で展覧会をやっていたのかな? 自由が丘のギャラリー──これももうないんだけど──は二階が物置で、そこでも展示しているんですね。そこが骨董も扱っていて倉庫に使っていたんだけど、甲冑の上に写真を貼るとかね。たしか漫画家のユズキカズさんていう人とのコラボレーションじゃなかったかな(「快楽の水」、インペリアルギャラリー 1990年)。でもほぼ写真でしたね。原作の漫画をむちゃくちゃにしていましたから。お金ばらまいていたり。
◎アート・ディレクター的な
タカザワ  鈴木さんは大量に撮る人だったんですか。
金 村 学生の頃には大量に撮っていたらしいですね。学校でいちばん撮っていたって言っていたから。僕が教わっていたときは決めたものしか撮らないって言っていましたね。
あの人の場合、アート・ディレクター的って言うのかな。
タカザワ  写真をどう構成するか、どう見せるかってことですか。
金 村 自分のセルフポートレイトを入れようとかね。黒くつぶれた、どうってことのない写真ですよ。でもこれを入れちゃうってことで何かが変わると思ったんでしょうね。フランクと共通するのはアート・ディレクター的な意識っていうのかな。
タカザワ  フランクも『アメリカ人』を何度も編集し直したり、後になって自分の写真を再編集したりしてる。そこは共通点ですね。
鈴木先生の場合、写真は本である、というテーゼを出しているところが面白いですよね。写真は本であるというところから、じゃあ、写真で何ができるのか、と考えていく。それによって、写真の可能性を探っていった。
金 村 展示もすごかったですよ。インスタレーションという言葉ではくくりきれない。なぜかブルース・スプリングスティーンのレコードを持ってきて置いたり。大量の落ち葉を持ってきたりとか。あとは誰かにマルグリット・デュラスの似顔絵を描かせてそれを天井に貼ったりとか。しかも似てないんですよ(笑)。
インスタレーションっていうのは会場そのものをアートとして考えるわけだからバランスが必要なんだけど、ただただ詰め込んでいくだけ。これが写真家のインスタレーションなんだなと思いましたね。
タカザワ  写真から始まってどこまで行けるかって感じですね。
鈴木さんは1943年生まれで2000年には亡くなっているので、五十七年の生涯。若くして亡くなったんですけど、日本写真協会新人賞、写真の会賞、土門拳賞、伊奈信男賞と写真賞には恵まれていますよね。でも、日本の写真史のどこにどう位置づけるかが定まっていない。
金 村 そうでしょうね。新人賞をもらったのは四十歳の時だから遅いんですよ。現状に対する不満はあったしね、俺は認められていないっていう。それはたいがいの写真家にある不満かも知れないけど。
タカザワ  東京国立近代美術館で展覧会をやったきっかけもオランダのキュレーターが向こうで展覧会をやったことでした。つまり、海外での再評価がきっかけで逆輸入された。
金 村 外国のアカデミックな教育を受けた写真家からはこういう作品は出てこないんですよ。日本独特でしょうね。こういうのは日本だけだと思う。写真にいろいろなものが入ってくる。小説とか、言葉とか、勝手に複写して入れたりとか。一見、私写真かと思うと、そうでもないし
タカザワ  物語としてなめらかに流れていかない。断絶するような働きのある写真が必ず入ってくる。
金 村 ジョージ・ハリスンが好きでね。写真集を贈ったらしい、ファンクラブを通して。一切返事はなかったって言っていました。
(続く)
百葉箱 Screen #03
小松 浩子 (写真家)
広義にはキヌゲネズミ亜科に属する齧歯類のうち24種を総称して、狭義にはゴールデンハムスターを指してハムスターという。飼育・繁殖が容易であるため愛玩・実験用として広く流通し現在に至るが、1930年にシリアで捕獲された雌のゴールデンハムスター1匹を最後に野生種は発見されておらず、世界に現存するハムスターは全てこの雌の子孫とされる。動物一般に雌は性質が穏やかで飼育が容易であるため、集団生活に入る少し前にハムスターの雌1匹を両親より与えられる。ハムスターは一般的に月齢1〜3ヶ月で繁殖可能になり2〜4週間の妊娠期間を経て10匹前後の仔を生む。両親から与えられたハムスターは図らずも既に妊娠期間にありシリアで捕獲されたハムスターと同様に自身の仔との繁殖を開始する。限られた飼育環境におけるネズミ目の動物の運動不足の解消を目的に設置される回し車はハムスターホイールとも呼ばれ、その中をハムスターは一晩に10kmも走行する。生存には直接関わらない走行を執拗に繰り返すのは走行自体に価値を見出しているとの推測もあるが、ランナーズハイの作用である可能性が実験により指摘されている。ランナーズハイとは長時間走り続ける事によりエンドルフィンの分泌が促進され気分が高揚する作用を指す。エンドルフィンとは脳内で機能する神経伝達物質のひとつであり、β-エンドルフィンが中脳腹側被蓋野のμ受容体に作用しモルヒネ様作用を発揮する場合その鎮痛作用はモルヒネの6.5倍と言われる。またGABAニューロンを抑制する事で中脳腹側被蓋野から出ているA10神経のドーパミン遊離を促進させ多幸感をもたらす事も確認されている。ねずみ算という言葉に見られるようにネズミは等比級数的に急激に繁殖するが、1ヶ月が経過すると十数匹のハムスターが飼育用ケージの中で成獣となる。ハムスターは同種同士の縄張り意識が強いため成獣となると縄張りを争い相手を殺傷・捕食する。本来であれば一匹ずつケージを用意するべきだが等比級数的な繁殖に対応が追いつかない。過密な状態でハムスターは数匹の集団を形成し孤立する個体を攻撃する。ハムスターホイール内で単独走行中を集団で押えつけ、ホイールに磔状に動きを封じ手足を解体する。ハムスターは殆ど鳴く事が無く、鳴く時はストレスの極限状態か生命の異常事態であるという。四肢の解体は生命の異常事態であるのに鳴き声を発さない事から、ランナーズハイ若しくは侵害刺激によりβ-エンドルフィンが産生されてμ受容体に作用しモルヒネの6.5倍の効果をもって鎮痛・鎮静に働いた結果と考えられる。過密が緩和されると解体作業は収束する事から空間に対し適した生息個体数がある事を知る。集団生活に入り同年齢の人間で過密な状態になるとハムスター同様、数人の集団を形成し孤立する個体を攻撃する姿が見られる。どのような法則で集団を形成する者と孤立する者に分類されるのかは不明であるが、結果として常に孤立する者に分類されるため過密な環境下では脳内で機能する神経伝達物質を生産し声を発する事無く過ごす。
超訳球根栽培法
金村 修 (写真家)
蓄音機の効用についてエジソンは、蓄音機は記録する機械、盲人のための本、言葉の学習のための教師、要するに記録された音の忠実な再生装置として蓄音機を位置づけた。蓄音機は記録された現実の音の再生産装置としてあり、貧しい音情報をしか記録できない当時の蓄音機の粗雑な構造に、エジソンは演奏された音楽を再生できる装置とは考えておらず、当時の音楽家たちも現実の音の貧しい模倣しかできない蓄音機に対して、会場での演奏家の弾く音の優越性を確信しており、彼らの自信は揺らがなかった。
自然と人工物の対立はつねに自然、人間の側が勝利する。人工物というのは自然や人間の出来の悪い残滓、オーラを欠いたがらくたという認識でしかなかった。機械に対して人間の手作業が謳歌された20世紀前半では会場での生演奏に対して、現実音のチープな模倣でしかなかったレコードと蓄音機が、生演奏にかわって主導権を取るようになる20世紀後半の事態は想像もできなかっただろう。
現実の貧しい模倣でしかなかった写真がいつ頃からだろう、現実が準拠すべき対象として写真が参照されるようになったのは。現実のチープな模倣でしかない、現実の残骸でしかなかった写真が、20世紀後半には現実の上位概念として現実を支配するようになる。写真が準拠していた現実はその根拠を喪失して、現実が写真を模倣するようになった。観光地で美しい風景に出会うと“まるで写真のようだ”、“写真のように美しい”と叫んでしまう人々の感性は、現実とその模倣でしかない写真との関係が倒立させられている。彼らは現実の美醜を判断する基準を、機械で操作された写真(パンフォーカスやソフトフォーカスという技法)を根拠に美醜を判断しあう。彼らは風景を肉眼で直接的に見ているのではなく、操作され記号化された写真を通して風景を見ている。写真は肉眼の世界を廃棄するしたのだ。わたし達は写真というフィルターを通さずに、純粋に肉眼で見るということはもうできないのだ。
彼らは観光写真のパンフォーカス的に撮られたピントの手前から奥まで合った写真が肉眼を模倣したものだと思っているのだろうか。またはソフトフォーカスによるレンズの被写界深度を浅くして、ピントのぼけ具合がグラデーションを美しく主張する写真が肉眼の見え方をそのまま模倣しているとでも思っているのだろうか。最近の建築写真における高層ビルはレンズの歪みをコンピューター上で直して、歪みのない直線に直した写真は肉眼を模倣しているわけではなく、むしろそういうような写真が正しい認識だと人間の中枢神経に語りつづけることで、機械の視線が肉眼にこう見るのが正しい見方なのだと教え込む。蓄音機を筆頭に現実の再生装置だった写真は、現実を正しく再現するという役割を放棄してしまったのだ。
ポルノグラフィーは現実の性の再現ではなく、ポルノグラフィーはポルノグラフィーを模倣する。ポルノグラフィーはポルノグラフィーのためのポルノグラフィーであり、ポルノグラフィーの準拠するべき対象は現実の性ではなく、もう一つのポルノグラフィーであり、ポルノグラフィーは他のポルノグラフィーを模倣したポルノグラフィーとして存在する。無限の鏡地獄のなかにいるように、ポルノグラフィーはお互いを模倣し合い、模倣の模倣、の模倣の模倣を永遠に反復するポルノグラフィーは、模倣のしすぎで残骸のようになった不鮮明で劣悪なポルノグラフィーなのだ。ポルノグラフィーに劣情を催すのは、現実の性に劣情を催すのではなく、模倣された性、残滓のような性、劣化したポルノグラフィーのためのポルノグラフィーに劣情を催すということなのだ。
ビデオカメラやスチールカメラに自らの犯罪的な性行為を撮影する、ある種のシリアル・キラー的な性犯罪者は被害者との性行為や残虐行為、被害者の死体を解体し、内蔵までばらばらにする行為を撮影して、後でその映像を何度もリピートして欲情を持続化させる。彼らは実体としての被害者に性的虐待を加えることで快楽を得るのではなく、写真やビデオで撮影された記号化した被害者に性的快楽を感じているのだ。彼らを興奮させるのは、行為が見られているということ、行為が撮られたこと、その行為が記号化され何度でも反復可能なことが彼らを興奮させる。
すべての映像は現実の精緻な再現ではなく、現実の断片化、現実のジャンク化、現実のトラッシュ化を促進するものであり、彼ら性犯罪者は精密で全体が俯瞰できる映像に欲情しているのではなく、現実を歪ませ断片化された残骸のような映像に欲情しているのだ。映像による現実の記号化、断片化作用は、精密に現実を再現するのではなく、もう一つの何にも似ていない現実をつくりあげるだろう。記号化とは対象の全体的再現ではなく、つねに対象を分裂、断片化させる。死体の解体行為は人間のジャンク化であり、パリの佐川一政が被害者の女性を食べるために死体をばらばらにしたのも、実体としての彼女を食べるのではなく、肉片化された彼女、記号化されジャンクに変質した彼女を食べるための解体なのだ。
彼らに必要なのは正しい全体を想起させるものではなく不鮮明な部分であり、黒魔術が供儀の儀式のときに、供儀の対象者が身につけていた服の切れ端や装身具または毛髪などの部分が重要視され使用するように、ある種の性犯罪者にとっては全体よりも部分に超自然的な霊威や呪力が宿るものと理解している。
20世紀前半ぐらいの殺人者は、殺害した被害者をばらばらにして、その身体の一部を宝物のように保存したりしていたが、再現機械が発達した20世紀後半では身体の一部をとっておくことよりも、静止画カメラか動画カメラで被害者の身体の一部を撮影し、フィルムまたはビデオテープかパソコンのなかに保存していくのが主流になっているようだ。カメラで対象物を撮るということは、刃物で身体を切り刻む以上の解剖切断行為であり、より細分化された部分にと執着するフェテッシュな性犯罪者にとって進化しつづけるカメラの機能は、鋭利な刃物よりも魅力的なアイテムだ。解剖されて曝けだされた内蔵の処理や、解剖途中や解剖後に発する内蔵の臭いの始末や、解剖中に溢れでた血や体液で汚れた床や壁の掃除のことを考えると、カメラで無制限に切り刻む方が、清潔な部屋で臭気も発生せず、手も汚さずに思う存分に遺体を細かく断片化することができる。クローズアップレンズの進化とデジタルカメラの画素数の飛躍的な発達が、肉眼ではよく見えなかった微細なものまでも写し取ることができる。動画カメラは死体になった被害者を夢野久作の「ドグラ・マグラ」のように、腐敗していく過程を撮りつづけることができるし、後になってお気に入りのシーンを何度も反復して再生することまでできる。阿部定が21世紀に生まれていれば、石田吉蔵の性器を切り取らないでカメラで撮影しただろう。
フェテッシュな性犯罪者は本物の等身大の死体よりも切り刻まれた部分を指向するだろうし、身体の実際の部分よりも、その部分をコピー、記号化、断片化されたものの方が部分の呪物度は上がるだろう。痕跡が不鮮明になればなるほど呪物度のレベルが上がるということは、フェテシズムとは性犯罪者にとってクリアな現実を強制的に変換していくための誤読の装置なのだ。
カメラはあらゆる対象物を性的対象に変換させるだろうし、わたし達の意識をそのように強制的に変更させていくだろう。カメラによる現実世界の記号化、断片化は、対象のフェテッシュ度をアップさせ、性的対象物にと読み替えさせる。一般社会における観光写真の大量流通の結果が、すべての風景が観光写真のように見えて、現実が写真のように美しいと感じてしまわせたように、もともとが汚く醜い滑稽な存在であった男女の性交や性器が、写真に撮られたことで性的に興奮すべき対象として扇情的な文章とともに流通させると、性の滑稽さは消え去り、男女の性交や性器は性的興奮を感じさせる記号として再編成されてわたし達の前に登場する。わたし達はそのうち絶滅収容所の大量の死体やヒロシマの産業奨励館、ナガサキのマリア像を見て勃起することもできるようになるだろう。80年代のインダストリアル・ノイズ・グループ達は性器とホロコーストと小児性愛の写真を並列させて、それらを同時に愛でることができるということを、彼らのレコード・ジャケットやフライヤーで先駆的に表現していた。
80年代のインダストリアル・ノイズ・グループ、スロッピング・グリッスルやSPK、MB、ホワイトハウスなどのグループがレコード・ジャケットやライブのフライヤーになぜあれほどの死体写真や畸形写真、クローズアップされた性器の写真に絶滅収容所の光景や幼児ポルノを執拗に並列して使ったのか。それもクリアに写った写真ではなく、何度もコピーを繰り返した劣化して対象がよく分からないモノクロ写真を大量に使っていたのか。
スロッピング・グリッスルのジェネシスPが“レコードはフェテッシュである”と「セカンド・マニュアル・レポート」のレコード・ジャケットに書きつけていた。レコードとは現実の音や演奏を録音したものであるが、ジェネシスPのこの宣言は、彼らは再現された音や演奏ではなく、レコードという媒体そのものにフェテッシュな欲望を感じると表明している。レコード盤そのものは、溝が刻まれているだけで、そこに記録されている音や演奏の痕跡は感じられない。彼らは痕跡の薄いものにこそ、フェテッシュな欲望を発動させるのだろうか。フェテシストは本物の死体や性器、本物の少女の裸体を指向するのではなく、それらを想起させる物質を指向する。それも本人を完全に想起させるものではなく、ハンカチや靴といった本人との関係が見えにくいものをあえてフェティシュの対象にする。フェテシズムは物質になにか霊的なちからが込められていることを肯定する行為であり、そのためには痕跡の濃度が薄い細分化されたものを選択する傾向がある。フェテシストが毛髪、体液、肌着、靴などにこだわるのは対象者の細分化であり、フェテシズムが“節片淫乱症”と訳されるのも、彼らは現実の全体的な対象に性的興奮を感じるのではなく、現実の断片に性的興味を持つのであり、対象者の痕跡の濃度が一見低く感じるものの方が彼らにはより呪物的な霊性を感じるようだ。彼らノイズ・グループが現実をより断片化させるために劣化コピーしたモノクロ写真を使いつづけたのもそういう理由だろう。対象物が不鮮明になればなるほど霊性がアップするし、彼らの性的な欲望も対象が不鮮明なほど、その欲望が炸裂しやすい。
等身大の女性ではなくその女性の身につけていたものや、毛髪といった肉体の細部に霊的な呪物を見いだすフェテシスト達にとって現実とは分断され、細分化され断片化されたものでなければならない。参照されるべき実体の痕跡すらも感じさせないぐらいに細分化され断片化させたものに性的興奮を感じる。画像の劣悪なコピーが肯定されるのは、そこに写された現実はほとんど跡形もなく不鮮明であり、何度もコピーを繰り返されたことで、写っているものよりもシャドーが黒くつぶれたりハイライトが白くとびすぎていたり、コピーのときの線が入ったりとそれはそこに写された対象よりも対象を不鮮明にさせ痕跡すらとどめなくしてしまったノイズに彼らは劣情したのだ。実際の死体の部分を所有するよりも撮影され、記号化、断片化されることで呪物度が上がるように、痕跡を正確にあらわす写真よりも、よりノイジーに不鮮明に痕跡から遠く離れた写真に対して彼らは性的快感を感じるのだ。人間の性的欲求が記号的、観念的にしか存在しないように、ノイズ・ミュージシャンは現実の音をレコードのなかに記号的に変形させたことで、観念的な欲望を喚起させたのだ。
あらゆる音が性的欲求の対象になる。ノイズは音楽のポルノ化を促進する。ノイズ・ミュージックは世界のすべてのものが性的劣情を呼び起こすものとして現実の世界にノイズの導入と変更を要求するだろう。クラフトワークの「アウトバーン」が80年代にダンス・ミュージックとして再解釈されたように(ちなみにアウトバーンの日本での初回発売のときのレコード・ジャケットにかけられた帯のキャッチフレーズは“ナチス第三帝国からの返答”というコピーだった。シリアスなイメージで売ろうというレコード会社の戦略だったのだろうが、確かに当時のクラフトワークはシリアスなナチス批判者として評価されていた。シリアスな政治批評性を80年代のブラック・ミュージシャン達はダンス・ミュージック的なポップスに変更させるだろうし、逆にスロッピング・グリッスルは16ビートの能天気なディスコ・ミュージックをその「20ジャズ・アンド・グレイテスト・ヒット」でゾンビが無理矢理盆踊りを強制されているような躍動感の欠けたまったくはねない16ビートで解釈した)、ノイズ・ミュージックは世界に対して性の解釈の変更を要求する。
ノイズ・ミュージシャンは、レコードに代表される再生するための物質は音楽という抽象的な音を再生させるものではなく、レコード盤という物質的媒体そのものを現実の世界にあらわにさせるだろう。モホリ=ナギが記録としてのレコードに注目したのではなく、レコードそのもののレコードの物質性に注目したように、レコード盤は再現すべき音楽なしで、自らを新しい音として再生産を行う。蓄音機やレコードは再生装置や録音物ではなく、新たな現実を世界に追加するための生産装置に変更される。その意味でインダストリアル・ミュージックはインダストリアル=工場という生産の概念を持ち込んだのだと思う。享受され、浪費されるだけの80年代のディスコ・ミュージックに対して、生産という概念は音楽という抽象性に対して、もっと具体的な物質性を感じさせる。
レコードの音を再生するためのプレイヤーのカートリッジは80年代のブロンクスに登場したアフリカン・バンバータによって変更を余儀なくされた。再生装置はレコードの溝に記録された音楽をそのまま再現する装置ではなく、カートリッジの針は記録された音を跡形もなく切り刻む凶器に変換され、レコードの音はターンテーブルの上でアフリカン・バンバータの手によって回転数を無理矢理おとされたり、意図的に針とびされたり、同じフレーズを何度も反復されたりとそれは演奏を記録再現するという意味のレコードが、その意味から大きく逸脱した。Death Mixと称されたブロンクスのパーティー会場でプレイされたYMOの“ライディーン”のDJの手によって擦られつづけ、ほとんど原型をとどめない溺死寸前の“ライディーン”は、スロッピング・グリッスルのずたずたにされたABBAをあいだに挟んだ“AB/7A”と通底する。カートリッジの無謀な針とびやレコードを捻り軋ませるような音は、記録された歌や演奏の正しい再現ではなく、レコードと再生装置そのものが隠し持っていた不透明な暴力性を全面にあらわすだろう。
中野サンプラザで行われたパブリック・エネミーのコンサートでは、テンポのキープ役としてメトロノーム以上の役割しか求められていなかったリズムマシーンが、会場が揺れるのではないかと思うぐらいの大音量でアンプからながれてきたとき、リズムマシーンはビートをキープするというメトロノーム的存在を脱ぎ捨てて、テンポを刻むビートは爆弾が落ちたような物質的な音響に変貌する。耳だけではなく、身体のすべてになにかをはたらきかける音楽。耳に聞こえない低周波の耳をずっと聴いていると身体が変調するというナチスの実験は、音を聴覚から解放する実験だったのだ。耳の鼓膜がじんじんと痺れてくると、音楽を聴くというよりも鼓膜と背骨が震えるのを感じるパブリック・エネミーの音響爆弾のようなリズムマシーンの使用方法は、音楽の聴覚の優先性を廃棄し、身体に直接なにかを刺激するものならすべて音楽的現象なのだという思いを抱かせた。ハナタラシの山塚アイが電気ドリルでも踊れると言ったのは、フェテシストがそうであるように、すべての音は音楽に成り得るだろうし、性的対象物として劣情を呼び起こすこともできる。
モホリ=ナジがレコードの中心の穴をずらすことで、針とびを起こすレコードを20年代につくった。針とびの現象はレコードをかける度にかわるので予測できず偶然性がレコードの音を支配する。レコードに偶然性を導入することで、記録された音を忠実に再現するというレコードの機能から大きく逸脱し、レコードの透明なメディア性が偶発的な針とび現象によってその凶暴な性質をあらわにし始めた。
“レコードはフェテッシュである”というジェネシスPの言葉は、再現機能の手段としてのレコードがその機能性を放棄したときにあらわれる現象なのだ。目に見えない透明なものが、物質的な様相を帯びてわたし達の目の前にあらわれるとき、それらの物質性はフェテシズムな現象としてあらわれるだろう。
レコードマニアの初回プレスに対する執着もある種のフェテシズム現象なのだろうが、ジェネシスPの言うレコード・フェテシズムは、レコードマニアにとってレコードは、世界で交換不可能なただ一つのものを所有するというレコードの特権化、唯一化に対して、隣接性と連続性、匿名性をレコードに要求する。例えば靴フェテシストの靴への想起が、単品のハイヒールからそのハイヒールを履いた女性のアキレス腱の状態や足の形という風に連続的に想起して、想像がハイヒールからアキレス腱、足の形と無限に隣接されていくのに対して、レコードマニアのフェテシズムは世界で一つのものを所有することで満足してしまい、フェテシズム特有の想像の運動性が放棄される。フェテシズムとは対象の所有が最終目的なのではなく、隣接する運動であり、隣接する運動家であるシリアル・キラーが次から次へ飽きもせず殺人を繰り返していくのも、無限に隣接を続けることが彼らにとって重要だからだろう。
ノイズ・ミュージシャンのレコード・ジャケットがヒットラーや絶滅収容所の大量のユダヤ人の死体や死体焼き場の写真と一緒に小児性愛、実験動物、拷問の写真やペーター・キュルテン、チャールズ・マンソンを使い、ガイアナ人民寺院のジム・ジョーンズの煽動演説を金属がぎゅーっという音をたててひしめき合う曲のバックにナレーションがわりに使ったりするのは、ヒットラーとペーター・キュルテンはイコールの関係であるという意志表明なのだ。劣化するぐらい写真を何度もコピーすることで、一枚一枚の写真の歴史的意味は劣落して、絶滅収容所の写真が小児性愛の写真と等価になり、それらの写真が隣接変換していくために劣化した個々の写真は価値の相対性、等価性、匿名性を獲得するだろう。フェテシストにとって写真の絶対的な唯一性は廃棄される。彼らにとって写真は一枚で見るものではない。むしろ一枚の写真は絶対的な価値を持つのではなく、写真から写真にと連続的に隣接していくためには、相対的な価値でなければならないだろうし、それはつねにどんな写真とも交換可能な存在でなければならない。そのためには絶滅収容所の写真はポルノ化されなければならないだろう。写真のポルノ化こそが、写真の価値の相対化を促進するだろうし、ポルノというこれ以上ないぐらいの価値のジャンク化が、写真の隣接性と連続性を押し進める。ポルノグラフィーは無意味に次々となんの感動もなくページをめくらせる無気力な興味を喚起させる写真なのだ。写真は最低の存在になることで隣接性と連続性を獲得するだろう。ジム・ジョーンズがガイアナ人民寺院で叫んだ“革命的自殺”とABBAの“Dancing Queen”の両者は同列に交換されるために等価的価値として記号化、ポルノ化される。フェテシスト達はそのような事態にフェテッシュな快感をおぼえるのだ。
フェテシズムは身体のすべてを記号化してしまう行為であるなら、その行為は人間の世界に対する本源的な接し方と同じものだといえるだろう。音楽や写真の根底もまた世界の記号化であるから、あらゆる音楽や写真は世界をフェティシュ化する行為であり、フェテシズムは世界を官能化する行為だ。すべてのフェテシストにとってその官能を妨害するものは“愛”だろう。“愛”は相互間の情感の交流であり、フェテシストにとって必要なのはこちら側の一方的な思い込みだけなのだ。“お人形さんのようにかわいい”という言い方にフェテシストの思いが十全に表明されている。“お人形”とは要するに死体であり、フェテシストにとって必要なのは死体であり生きているものはどうでもいい。生き物をたくさん飼っている人間がコレクターとは呼ばれないように、死んだ生き物、生き物の剥製を集めはじめることではじめて生き物に関するコレクションはコレクションと呼ばれる。死んだ生き物、剥製を集めている人間に動物との“愛”が存在しているだろうか。“愛”を放棄することではじめてコレクターになれる資格を得るように、官能を実現するためにフェテシストは“愛”を放棄する。どんな悲劇的な事態にもそこに “愛”の介在を許さない。マルグリット・デュラスが「ヒロシマ、私の恋人」で“原爆ドーム(産業奨励館)の小さな模型が、百個ほど並んでいる。それは、原爆が落ちたあとで、そのねじれた骨組が突っ立ったまま残っていた唯一の記念物”被爆して破壊された残骸の産業奨励館のミニチュアにふれるのは、そこに“愛”や“悲劇”の不在を発見したからだ。百個の産業奨励館のミニチュアは、産業奨励館のフェテシズム化の促進であり、産業奨励館の官能化が観光みやげとして大量につくられた産業奨励館のフェテシズムに“愛”を廃棄させる。
ホワイトハウスが“野蛮は希求されている。人々は攻撃されるスリル、そして恐怖に服従することを求めている”、“我々は黒人音楽とユダヤに煽動された反核、アムネスティ・インターナショナル、女性解放運動等の不埒な運動に異議を申し立てる”というステートメントを発表し、リーブスタンダルテ・SS・MBのレコード「意志の勝利」はノイズの上にヒットラーの演説を被せ、MBのファーストLPの曲目のタイトルすべてに絶滅収容所の名前を使ったりすることに快感を感じるのは、悲劇的事態が記号に転化された結果であり、想像を絶するどんな悲劇的事態も記号に転化させなければ理解もできないし生きていくこともできないという、人間の世界に対する本源的なはたらきかけの結果なのだ。
フェテシズムは現実世界の記号化であり、記号に性的欲求をおぼえるという性の観念性は“愛”と敵対するだろう。スロッピング・グリッスルがLove & Peaceの代わりにHate & Warというスローガンを持ち出したのは、破壊と憎しみが世界のフェテッシュ化を促進するからだ。フェテスズムが人間を断片化、物質化する行為ならば、必要なのは相手に対する一方的な破壊衝動であり、人格の剥奪と人格の匿名化、相対化、残骸化を人間に要求するだろう。世界をがらくたの山にすることがフェテシストにとっての夢なのだ。粉々に粉砕された残骸のなかに霊的な呪物性が宿る。
媒体が示唆するイメージではなく、媒体そのものにフェテッシュな性的欲望をおぼえること。再現されたイメージを支える物質的な媒体に欲望すること。写真にたとえて言えば、1m×1m30㎝のロールサイズいっぱいに写真を伸ばしたときに印画紙の表面に現れてくるのは、大きく伸ばされたことで写されたイメージが迫力をもって現れるのではなく、伸ばしたイメージを支えるもの、イメージの背後にあった印画紙の物質性が画面のなかから現れる。(現像ムラや定着ムラ、フィルムの傷やゴミが写っていれば、伸ばされたイメージの背後にフィルムの物質性も想像される)普段はイメージのうしろに隠れて姿を現さない印画紙が、その透明性を投げ捨てて濁って不鮮明な姿を定着液や薬品の匂いとともに現れる。それは印画紙のフェテシズムが公然と姿を現したのであり、印画紙という物質に欲情することだ。モホリ=ナギやスロッピング・グリッスルがレコードにこだわったのも、音の再生するための透明な盤としてのレコードではなく、レコード盤の物質性にフェテッシュな欲望を抱いたからだ。
フェテシズムとは等身大の生物の賛美ではなく、生物の記号化、観念化、断片化であり、生物の記号化、観念化、断片化は生物の物質化を要求する。写真の記号性、観念性、断片性はイメージの物質化とそのイメージを支える印画紙の物質的存在にフェテッシュな興味を抱くだろう。写真が性的対象物としてフェテッシュな欲望を持たれるのは、写ったイメージではなく、印画紙の存在であり、物質的存在としての印画紙が、その表面に写ったイメージを物質的なものに変換させることを促進し続ける。音の分断、断片化を促進し続けるノイズ・ミュージックにとっても、音はつねに実体ではなく観念であり、観念を物質化し続けるものがノイズなのだ。
観念はつねに暴力的なかたちでその存在を主張するだろう。観念の極限的な形態としての革命の観念性は、“あらゆる革命家は死刑を宣告された存在である”とネチャーエフは革命の教理問答に書き、“共産主義者は不死身の肉体を持つ”とスターリンに語らせ、ロシア革命の前進のためにとブハーリンは人民裁判でやってもないことを自白して、党と革命のために喜んで反革命の汚名を着る。革命家の観念性は死すらも記号化、観念化するだろう。革命家というのは党と人民と革命と生と死をフェテッシュ化することであり、ノイズ・ミュージシャンや写真家もまた、世界をフェテッシュ化しなければ収まりがつかない革命家のような存在なのだ。80年代のノイズ・ミュージシャンが犯罪や残酷性をイメージ戦略として全面に打ち出したのも、アウトサイダー的なイメージで売っていこうとした戦略だけではなく、生物を物質化するフェテシズムは暴力的な形でしかその姿を現すことができないために、死や暴力を記号化するイメージ戦略が方法として選択されたのだ。
フェテシズムの対象物にされた生は、死体のような人生を強要されるだろう。フィリップ・マーロウがシャークスキンの水着を着た女性を見て“日焼けした太ももと水着の間に、白い帯のような肌がちらちら見えた。欲情を覚えながらわたしはそれを見ていた”、“彼女は防火バケツみたいに口を開けて笑った。彼女へのわたしの関心はそれで終わりを告げた。笑い声は聞こえなかったが、その顔に大きな穴を開け、歯を見せただけでもう充分だった”と肉感的で健康的、ステロタイプないかにもカリフォルニアな女性の身体とセックスへの欲望と嫌悪を語る。フィリップ・マーロウに代表されるハードボイルド小説は家族や生活、母親、恋人を徹底的に排除する。性的なことにもまるで無関心だ。その排除のしかたは、マッチョ的というよりも観念的な排除であり、彼らの女性嫌悪はマッチョ的な態度の帰結というよりも、生きているものすべてに対して嫌悪を感じているようだ。
“わたしは笑い、彼を殴りつけた。バネを側頭部に打ちつけると、彼は前へよろけた。ひざまずいた彼に後から追いすがった。さらに二度殴った。うめき声が聞こえた。力のなくなった手から拳銃をもぎ取った。彼はひいひいと泣くような声を上げた。顔にひざ蹴りを食らわせた。ひざが痛かった。顔が痛かったどうか彼は言わなかった。まだうなっていた彼を、わたしは拳銃で殴って気絶させた”センテンスの短い文章で暴力の偏愛を語るレイモンド・チャンドラー。“ひざが痛かった。顔が痛かったどうか彼は言わなかった”というユーモア溢れる一節をフィリップ・マーロウに喋らせることで暴力描写を強引に客観化し、暴力がたんに凄惨な事実なのではなく、記号的な事態として魅力的に輝きだすようにレイモンド・チャンドラーは描く。
“ひざが痛かった。顔が痛かったどうか彼は言わなかった”という台詞が入ることで、犯人を殴打している暴力シーンの骨組みが一気に脱臼して暴力の意味が断片化され魅惑的なフェテシズムにと暴力が変換される。凄惨な暴力が“ひざが痛かった。顔が痛かったどうか彼は言わなかった”というような喜劇的な台詞と交換されることで、主観的な描写が客観化される。喜劇的な台詞によって一方的に客観化され断片化されたフィリップ・マーロウの暴力的な光景は物質化され、殴打のフェテッシュ化が、苦痛のポルノ化が促進される。
客観化いう暴力の一方的な押しつけは、カリフォルニア女に対するフィリップ・マーロウの態度と共通する。彼のカリフォルニア女に対する欲望と嘲りと嫌悪感の表明は、カリフォルニア女のフェテッシュ化、物質化であり、大きく開けたカリフォルニア女の口を“防火バケツ”みたいだと表現することで、彼女の身体の一部を物質化する。“防火バケツ”のような物質化された口にフィリップ・マーロウが要求することは、バカみたいにでかいからっぽの“防火バケツ”のような口に銃口を突きつけて弾丸が脳の後を吹き飛ばすか、喉ちんこが見えるぐらい大口を開けられて、ゾンビのようなみっともない喜劇的な死体になるかのどちらかだろう。カリフォルニア女が“日焼けした太もも”という性的風貌ばかりが強調されるのは、身体のフェテッシュ化であり、股間や太ももという、ばらばらにパーツ化された身体の描写は、残骸化されたセックス・アピールの廃墟として彼はカリフォルニア女を見ている。フィリップ・マーロウにとって女はみんな出来損ないの“防火バケツ”でしかないのだ。
家族や生活、母親、恋人はフェテシストにとってもっとも敵対する存在なのだ。ハードボイルド小説の主人公が誰もみんな独身なのは、家族や生活、母親、恋人はフェテシズムを許さない“愛”のような存在だからだろう。恋愛するフィリップ・マーロウや、親孝行なフィリップ・マーロウなんて誰が想像できるだろうか。誰ともつながらない、つながることは断片化を要求するフェテシズムとは相反する行為だ。死体のように孤独であること。孤独な存在だけが生と死をフェテッシュに享楽できる。孤独な存在だけが他者に死体のような人生を強要することができる。“死んでしまったら、どこに埋められようと関係ないのではないか。汚い水たまりであろうと、丘の上の大理石の塔の中であろうと。もう死んでしまったのだから、大いなる眠りに就いたのだから、そんなことでわずらわされることはもうないのだ。油も水も、空気や風と変わりない。きみは大いなる眠りのなかにあり、ひどい死に方をしたとか、どこへ落ちたとか、もう気にすることはない。だが、今のわたしはといえば、ひどさの一端を担っている” フィリップ・マーロウがこんなことを言えるのも、彼が孤独であり極北の人間だからだ。“ひどさの一端を担っている”ことしかできない最低の人間だからだ。
There is a method in our madness. 〜我々の狂気には筋が通っている〜
澤田 育久 (写真家)
「だが、人は無限の機会があると思い込んでいる。」 映画”シェルタリング・スカイ”より

「人は自分の死を予知できず、人生を尽きせぬ泉だと思う。だが、物事はすべて数回起こるか起こらないかだ。自分の人生を左右したと思えるほど大切な子供の頃の思い出も、あと何回心に思い浮かべるか?せいぜい4,5回思い出すくらいだ。あと何回満月を眺めるか?せいぜい20回だろう。だが、人は無限の機会があると思い込んでいる。」
映画シェルタリング・スカイの最後、ポール・ボウルズの言葉です。写真は対象がないと撮れませんが、万物は流転します。それまで長いこと目にしてきたつまらない物がある日突然撮影の対象になり、いつまでもそこにあると思われたそれを満を持して撮りに行くと別のつまらないものになっていて愕然とするということはよく有ります。
対象に依ってしまうという宿命的な脆弱さの上に我々写真家は常に立っています。しかし、その脆弱性自体も写真であり、重要なのは写された対象物ではなく、自身の中の衝動や妄想が対象物を通して表出してきた時に初めて写真が作品化されるのではないかと思います。対象物が失われてしまったのならば直ぐに別の対象物を探すという、ある種の無責任な姿勢が写真家にとっては必要なのだと思います。
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